研究内容

研究概要

“超分子”とは,複数の分子が分子間相互作用(水素結合やπ-π相互作用,疎水性相互作用,ファンデアワールス相互作用など)を介してお互いを認識 し,会合することで形成される秩序のある分子集合体である。分子認識により駆動される分子集合現象は,生体内では随所に見られ,DNAの二重らせん構造や 複合タンパク質の形成はその典型である。生命現象における分子認識は複雑であり,この分子認識現象を我々が自由に操るのは,極めて難しいと思われた。しかし,クラウンエーテルとアルカリ金属イオンの包接錯体が発見され,分子認識現象は身近なものとなった。その後,分子認識により形成される多種多様な超 分子錯体が開発され,分子認識の化学は高次の分子集合系を扱う超分子化学へと発展してきた。当研究室では,特異な機能性超分子の合成と構造解析,そして物性解明に取り組んでいる。

当研究室では大きく分けて三系統の研究(超分子ポリマー・超分子ホスト・カーボン材料)を精力的に進めている。当研究室に配属した学生は、それぞれの興味に基づき、いずれかの領域を選択し研究を進めている。


分子認識により駆動される超分子ポリマー

フラーレンとカリックス[5]アレーンは非共有結合により非常に安定な包接錯体を形成する。この相互作用を駆動力にナノ空間で配列制御されたフラーレン超分子ポリマーやネットワークを合成することに成功している。フラーレンを直接重合によりポリマーへと変換することは,極めて難しい。超分子化学を利用した我々の方法により,一次元や二次元,らせん状に広がるフラーレンネットワークを自在に操ることができる。

フラーレンダイマーとditopic host(左)とtritopic host(右)の自己組織化で形成される超分子ポリマー

フラーレンダイマーとビナフチルを中心骨格に持つditopic hostの自己組織化で形成されるらせん状超分子ポリマー

カリックス[5]アレーンにより形成されるフラーレン包接部位を二つもつジトピックホスト分子はポリマーのクロスリンカーとしても作用する。フラーレンを ペンダントしたポリアセチレンは,このホスト分子により架橋される。非共有結合で形成される架橋結合は可逆的であるので,一般にはGPCカラムの上で瞬時 に解離してしまう。しかし,このフラーレンとカリックス[5]アレー ンの架橋結合は非常に安定であり,GPCで分子量の増加を確認できる。また,ポリアセチレンの分子レベルでの配列構造制御にも成功した。

 

ポルフィリンを高度に集積させた超分子ポリマーは,光捕集などの特異な光機能を示すため,近年注目を集めている。ポルフィリン超分子ポリマー合成の有効な 手段として,配位結合を利用した重合法が挙げられる。我々が開発した,ビスポルフィンクレフト分子と電子不足ゲスト芳香族分子の会合を駆動力に重合する新 規なポルフィリン超分子ポリマーを開発している。このポリマーは可逆的な結合により維持されているにもかかわらず,溶液中におけるその振る舞いは共有結合 で形成された既存のポリマーと酷似していた。

 

ビスポルフィリンの自己相補的二量化も超分子ポリマーに利用できる。ビスポルフィリンを二つ連結した分子は溶液中で逐次会合し,超分子ポリマーを与える。 このポリマーは電子不足芳香族ゲスト分子の包接により容易に分解可能な特異な刺激応答性をしめす。また,固体状態におけるポルフィリンポリマーはバンドル することで高次のらせん構造を形成した。

ビスポルフィリンクレフトとトリニトロフルオレノンはそれぞれ酸化活性,還元活性である。酸化還元によるホスト部位,ゲスト部位の電子状態の変化は,ホスト-ゲスト錯形成能に影響を与える。最近,ビスポルフィリンクレフトとトリニトロフルオレノン部位をもつ分子に酸化剤,還元剤を添加することで重合を阻害する,刺激応答性超分子ポリマーの開発に成功した。

刺激応答性の超分子ポリマー

架橋レゾルシンアレーン誘導体

レゾルシンアレーンはフェノール性水酸基と八分子のアルコールの水素結合により二量化し,トルエンなどの比較的小さなゲスト分子を包接する。また,この超分子二量体はゲスト分子の包接により大きく安定化される。我々の合成したビスレゾルシンアレーンは水素結合を駆動力に重合し,超分子ナノファイバーを形成 する。この会合はトルエンなどの有機小分子の包接により大きく安定化され,重合を促進する。

トリスレゾルシンアレーン

ビスレゾルシンアレーンは脂肪族アルデヒドとレゾルシノールの縮合により得られる。収率は反応条件に大きく影響される。そこで反応条件の最適化を図ることでほぼ定量的にビスレゾルシンアレーンを得ることができるようになった。さらに、脂肪族アルデヒドの偶奇性により生成する化合物が異なることを利用し、偶数鎖の脂肪族アルデヒドからビスレゾルシンアレーンを、奇数鎖の脂肪族アルデヒドから三つのレゾルシノールがアルキル鎖により連結されたトリスレゾルシンアレーンを得た。トリスレゾルシンアレーンは固体状態で様々な芳香族化合物を取り込むことを明らかにした。

ビスキャビタント分子の分子認識(博士課程 藤本陽菜)

ビスレゾルシンアレーンの二つの包接部位は4本のアルキル基によって強固に連結されているため、二つの包接サイトは構造的にリンクしている。そのため、upper-rimの水酸基を架橋することで包接サイトを拡張したビスキャビタンド分子は、ゲスト包接において協同性を発現することを確認している。Rebekらにより報告されている、深い空孔を有するキャビタンド分子を導入したビスキャビタンド分子はキヌクリジン誘導体ゲスト分子との分子認識において、トルエンやクロロホルムなどの非極性溶媒中では強い負の協同性を示し、THF溶媒中では協同性を示さないことが明らかとなった。生体分子に多く報告される構造変化を起因として生じる負の協同性の発現に関して,ビスキャビタンド分子の溶媒和および,構造変化の観点から詳細な知見を得ることに成功している。

カリックス[4]アレーン類の自己集合による超分子

分子カプセルは外部から遮断された包接空間に分子や分子複合体などを包接することができる。不安定な分子や分子集合体は包接空間に包接されることで 大きく安定化される。特殊な空間を提供する分子カプセルは多くの研究者が盛んに研究している。レゾルシンアレーンを基板とした自己集合カプセルは特異な内 部空間を持っており,この空間にゆらいする多様な機能を発現する。例えば,上に示す自己 集合カプセルは空孔に酢酸と安息香酸の水素結合性ヘテロに量体を選択的に形成する。また,分子認識においてはめずらしい同位体効果の観測にも成功してい る。また,このカプセルはらせん性にゆらいするPとMの鏡像異性体として存在する。この異性体は動的平衡状態にあり,キラルなゲスト分子を包接するとジア ステレオマーを生成する。Rのキラリティーをもつビフェニル誘導体がこのカプセルに包接されると,98%deの極めて高い選択性でMらせんを誘起したこと を見いだした。

 

2,2'-ビピリジン部位には様々な置換基を導入することができる。この置換基により自己集合カプセルの空孔体積が変化することを見出した。最近、反応活性部位を2,2'-ビピリジンに導入した自己集合カプセルにおいて、オレフィンメタセシス反応を行うことで二つのキャビタンドを炭素炭素結合で連結することに成功した。金属イオンの有無によりこの分子カプセルの体積が大きく変わることを見出し、これを利用した分子マシンの開発を推進している。

アルキル鎖で連結されたキャビタンドからなる分子カプセル(左)と金属が配位した分子カプセル(右)(博士課程 原田健太郎)

自己集合カプセルの分子認識能を利用した機能性高分子合成についても研究を推進している。ゲスト分子として機能する4,4'-ジアセトキシビフェニルを高分子の主鎖に導入することでグラフト超分子ポリマーの開発に成功した。さらに、自己集合カプセルに高分子鎖を導入することで八本の高分子鎖を有するスターポリマーの開発に成功した。

八本の高分子鎖を有するスターポリマーと4,4'-ジアセトキシビフェニルを有する高分子との自己組織化で形成されるグラフト超分子ポリマー (博士課程 新田菜摘)

この自己集合カプセルポリマーとゲスト分子の分子認識を利用することで,高密度でグラフト鎖を導入したグラフトポリマーや,比較的合成が困難とされる非対称スターポリマーを溶液中で混合するだけで容易に生成できる。得られた分岐型超分子ポリマーは,興味深い熱的・機械的特性を示す。特に超分子グラフトポリマーは,溶解性の高いハロゲン溶媒中でゲル化し,自己修復機能を示した。

カリックスアレンのアッパーリムにカテコールを導入し、金属イオンと自己集合させることで三重鎖の螺旋状超分子の研究を推進している。この螺旋状超分子は空孔をもつため、他の分子を包接することができる。最近この研究を発展させ、複数のカリックスアレンを有する螺旋状超分子の合成に成功した。最近、この螺旋状超分子の水溶化に成功し、水中での分子認識能の一端を明らかにすることに成功した。

三つのカリックスアレンを有する有機架橋配位子の自己集合により形成される三重螺旋状超分子(左)と水溶性の三重螺旋状超分子(右)(修士課程 森江将之)

ヘリセン骨格を有する分子の集合体構築

ヘリセン骨格は柱状配列することにより,非線形光学特性を示す。しかし,ヘリセンは結晶中でπ-π相互作用よりもCH-π相互作用が優先する。そのため,柱状配列は困難であることが知られている。我々の研究室は,立体障害を用いることで,結晶中でのヘリセン骨格の柱状配列に成功した。さらに,置換基を調整することにより,自然分晶することにも成功した。

ヘリセン骨格を有する分子の結晶中でのスタッキング構造(博士課程 小野雄大)

平面積層型超分子らせん集積体

らせん構造はあ らゆるとこのに見られる構造である。DNAのらせん構造はその代表的なものである。近年,らせん構造をもちいて新たな機能を創製する試みが盛んに行われて いる。我々の研究室では,分子集合により誘起される高次のらせん構造を利用した新たな機能スイッチング材料の開発を行っている。

トリスフェニルイソオキサゾール誘導体が自己集合によりらせん積層構造を形成する。このらせんは側鎖の不斉中心により一方方向に制御できる。また, アキラルな集積構造もらせんを形成しており,少量のキラル分子の添加によりらせんが誘起されるSergeants-and-Soldiers principleが働くことがわかった。

 

らせん構造に発光団を導入することで,自己集合により円偏光発光を誘起できる。ペリレンビスイミドを導入したトリスフェニルイソオキサゾール骨格は らせん構造に集積しする。発光団であるペリレンビスイミドはらせん構造に添ってキラルな配向構造になるので,ペリレンビスイミドのエキシマーにゆらいする 円偏光発光が観測された。

フェニルオキサゾールと薄筋錯体のハイブリッド分子の自己組織化により形成される超分子集合体(修士課程 吉田真也)

フィニルイソオキサゾールと白金錯体のハイブリット分子の側鎖にキラルな浸水性の側鎖を導入したところ溶媒により集合構造が変化することがわかった。トルエン中ではねじれた積層体を形成し,テトラヒドロフラン,水の混合溶媒中ではミセルを形成していることを見出した。また,このミセルは側鎖のキラリティに対応して円偏光二色性を示した。

機能性ナノグラフェン

グラフェンはフラーレンやカーボンナノチューブ続く新たな炭素材料として注目を集めている。我々は,グラフェンの可能性に着目し,機能化を行っている。グ ラフェンを酸化分解して得られるグラフェン量子ドットはカルボキシル基やフェノール性水酸基により修飾されている。カルボキシル基を手がかりにデンドリ マー修飾したグラフェン量子ドットは一般の有機溶媒に良く溶け,白色の発光を示す。

 

トップダウン法で得られるナノグラフェンは様々なサイズの混合物である。そのため、分光化学的な性質、特に発光スペクトルのスペクトルパターンが一定しない。さらに、励起波長に依存した発光(Excitation Wavelength Dependent Photoluminescence)を示す。そのため、ナノグラフェンのグラムスケールのサイズ分画法の開発は必要不可欠である。細孔径が異なる透析膜を組み合わせることでナノグラフェンのサイズ分画法を開発した。これにより、狭いサイズ分布かつ分光化学的な性質が安定した(実験条件や励起光などに発光スペクトルが依存しない)ナノグラフェンが得られるようになった。

ナノグラフェンのエッジ構造はarmchair型やzigzag型の構造を持つ。エッジ構造の情報は透過型電子顕微鏡やラマン分光により得ることができる。しかし、トップダウン法により得られるナノグラフェンは構造欠損なのではっきりした情報を得ることが難しい。そこで、化学修飾ナノグラフェンと有機化合物との赤外線分光法を利用した比較検討により、ナノグラフェンは主としてarmchair型の構造を持ち、かつエッジ上に二つのカルボキシ基を有することを見出した。この情報を利用し、ナノグラフェンのエッジ構造の化学修飾を推進している。